運動の意思に関する研究の神経学的・心理学的基礎は1983年のLibetらの高速で回転する時計を用いた報告にさかのぼる。彼らの求めた運動意思時間(W時間)は運動開始の0.2秒前であり、その後の追試によっても確認されているが、同時に被検者の記憶に依存するなどの問題点も指摘されている。この問題点に対処すべく我々は2008年に自発運動を行う健常被検者15人に対し、外部からランダムな信号音を与え、被検者が音を聞いたときに運動開始の意思を持っていたらそれを中止し、そうでなければ無視する事で被検者の記憶に頼らずに運動意思の開始時間(T 時間)を測定する研究手法を開発した。その結果は平均して運動開始前およそ1.4秒であった。ただし同時に記録した頭皮上脳波での運動準備電位とT時間との有意な関連は認められなかった。T時間はW時間より早く、その時間差の間に運動意思が信号音によってのみ認識され得る段階から、おのずからそれと認識するメタ意識の段階に発展するものと考えた。このような意思の形成と認識が脳でどのように生ずるかという点については前頭葉の補足運動野、前頭眼野、頭頂葉外則などの報告はあるも結論は出ていない。我々は脳波に比べ空間分解能に優れる脳磁図を用いLibetの時計課題および上記に記載の新しい課題を行っているときの脳活動を記録した。その結果Libetの課題において補足運動野近傍に多く求まった運動準備磁場(RF)が、意思を自覚したとされるW時間と相関すること、Libet課題よりも早い段階の意思を示すT時間と補足運動野の活動が相関すること、一方で随意に開始しようとした運動を中止することができなくなるP時間は頭頂葉の活動と相関しており、これらは随意運動を開始する意思に前頭葉-頭頂葉のネットワークが如何に関わっているかを示すものであると考えられた。
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