統計的推測理論において、既存研究の多くがあらかじめモデルに正則条件を仮定し、その上で推定量の一致性や漸近正規性に関する議論を展開している。正則条件が破棄された非正則条件下における統計的推測理論を構築することが本研究の目的である。その際、尤度比統計量を基本的な道具として用いる。査読付論文Fujii(2010)では、ドリフト関数が非有界な拡散過程において、その位置パラメータに関して局所漸近正規性が成り立たず、ベイズ推定量の漸近分布がフラクショナルブラウン運動に関連していること、さらにはそれが漸近有効推定量であることを証明した。続いて論文投稿中ではあるが、回帰関数に微分不可能な"尖った点"(尖点)を有する非線形回帰モデルを考え、その尖点位置パラメータに関する尤度比統計量がドリフトを伴うフラクショナルブラウン運動に弱収束することを示し、最尤推定量やベイズ推定量の漸近的性質がそれを通して説明されることを明らかにした。さらには、強度関数が変化点構造をもつ点過程において、その強度パラメータと変化点パラメータの同時推定問題を考え、強度パラメータに関しては漸近正規性が成り立つのに対して、変化点パラメータの漸近的性質はポアソン過程と関係した複雑な構造をもつことを明らかにした。この成果に関する論文に現在作成中である。また、これらの理論研究と並行し、その結果の裏付けとなる数値シミュレーション実験を実施するための計算機環境を整備し、いくつかの例題に対してシミュレーションを実行し、理論結果との整合性を確認することに成功した。今後の論文・学会発表などの成果報告ではそれらのシミュレーション結果も逐次取り入れてゆく。
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