本研究の目的は、尤度比統計量を通して非正則条件下での推定量の漸近的性質を明らかにすることであり、特に非正則条件下での議論を確率過程母数モデルにまで広げることが大きな関心であった。尤度比統計量を用いた手法は古くから存在し、正則条件下では退化したガウス過程に弱収束することはすでによく知られている。そして近年、非正則条件下では、尤度比統計量が正則条件下とは異なる様々な確率過程へと弱収束することが明らかにされつつあった。本研究では非正則条件下での統計的推測問題を幾つかの統計モデルにおいて検討した。具体的成果を次に挙げる。はじめに、回帰関数に微分不可能な"尖った点"(尖点)を有する非線形回帰モデルを考え、尖点母数と係数母数の同時推定問題を考え、尖点位置パラメータに関する尤度比統計量がドリフトを伴うフラクショナルブラウン運動と関連し、正則条件を満たす係数母数についての尤度比統計量が退化したガウス過程と関連していることを示し、ベイズ推定量の漸近的性質はそれらを通して説明されることを明らかにした(Fujii(2009))。続いて、変化点構造を有する点過程の一つである単純自己修正点過程についての変化点推定問題に取り組んだ。この取り組みの中で副次的に、地震を記述するモデルとして盛んに利用されているストレス解放モデルに対する局所時間の数学的構造を明らかにし、またストレス解放モデルの定常密度関数や強度関数の一様一致推定量を構築することに成功した。この成果は研究代表者と西山陽一氏との共著論文として現在投稿中である。そしてこの結果に基づき、単純自己修正点過程の母数推定問題に取り組み、変化点母数に対する尤度比統計量の弱極限がポアソン過程と関連していることを証明し、さらにより一般化した自己修正点過程についての変化点問題までを考察しまとめた成果を、次年度以降に論文として投稿する予定である。
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