本研究では昨年度までに、原子核を観察する中性子構造解析と電子を観察するX線構造解析を相補的に用いたタンパク質水和水の同定法(N-X解析法)を確立した。また、水和水が機能解明の鍵となるタンパク質であるナガガジ由来不凍タンパク質(nfeAFP)について、変異導入でAla19をValに変えることで抗凍結活性が大きく向上することを発見した。そこで平成22年度はN-X解析法を用いたnfeAFPの活性向上の機構解明を第一の目的として、変異導入前後のnfeAFPについてX線構造解析による構造比較を試みた。その結果、nfeAFP分子自身に大きな構造変化は無いものの、変異導入前にAla19近傍に存在した複数の水和水がA19V変異によって消失したことが判明した。そこでこれらの水和水の構造を詳細に調べるため、変異導入前のnfeAFPについて原子力機構JRR-3原子炉のBIX-3回折計を用いた中性子回折測定とN-X解析を行った。その結果これらの水和水は互いに水素結合で結ばれたクラスターを形成していることが判明した。不凍タンパク質は氷結晶の表面に結合することで抗凍結活性を発揮するとされるが、この結果から変異導入前のnfeAFPではタンパク質表面の水和水クラスターがnfeAFP分子の氷表面への結合を阻害するのに対し、A19V変異体ではこの水和水クラスターが除かれることで活性が向上するという機構が明らかとなった。これは不凍タンパク質の水和水が機能に果たす役割を示した初の成果であり、現在論文を執筆中である。 また、本研究ではタンパク質水和水の構造を統計的に解析することを目指し、N-X解析法を恣意性を排して進めるためのツールとしてタンパク質の原子核/電子密度分布の形状から水和水を自動的に見つけるソフトの開発を行うと共に、本研究に関連して数多くのタンパク質の中性子構造解析を行うための装置としてJ-PARCのiBIX回折計の整備も行った。これらにより、より多くのタンパク質の中性子構造解析データから水和水の構造情報を迅速に行える環境が整いつつある。
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