生物は、限られた数の遺伝子を駆使して天文学的とも言える多様なタンパク質を産生する。その生物学的な役割を解明するため、一つの遺伝子から数百に及ぶ構造の異なる転写因子を産生する、ショウジョウバエのlongitudinals lacking(lola)遺伝子に着目した。この遺伝子と遺伝学的に相互作用する遺伝子として、fruitless(fru)遺伝子を同定した。fru遺伝子から産生されるFruタンパク質は、雄の脳神経系とそれによって制御される雄様式の性行動を生み出すために中心的な役割を担う転写因子である。Lolaタンパク質は、ショウジョウバエの脳神経系において、ほとんど全てのFruタンパク質発現ニューロンに発現しており、両タンパク質は複合体を形成していた。lolaとfru遺伝子の両方の変異をヘテロ接合にもつ雄は、どちらか一つをヘテロ接合にもつ雄に比べて、相乗的に高い同性間求愛活性を示した。lolaおよびfru遺伝子間の相互作用は、脳神経系において性的二型性を示すfru発現ニューロン群の一つ、mALクラスターにおいても観察された。このクラスターは、雌では5個、雄では30個のニューロンから構成されるが、fru変異をヘテロ接合にもつ雄では約27個に減少した。このようなfru変異による脱雄化作用は、一コピーのlola変異によって顕著に亢進された。mALクラスターは、神経突起の形態も雌雄で異なる。lola遺伝子産物をノックダウンするRNAiを雄のmALクラスターにおいて強制発現させたところ、神経突起の形態が脱雄化した。Lolaタンパク質はFruタンパク質と複合体を形成することによって、数百種類のLola-Fru複合体を脳神経系内に産生し、性決定に与る多数の遺伝子の転写を制御する可能性が考えられる。このような巧妙なメカニズムによって、脳神経系の性差が形成されるのかもしれない。
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