哺乳類における記憶学習にインスリンシグナル伝達経路が関与していることが示唆されている。我々の研究グループは無脊椎動物の線虫においても、インスリン経路が枢軸的な働きを持つことを報告している。本研究では、体のつくりが単純で解析しやすいモデル生物である線虫を用いてインスリン経路が学習を制御する詳細なメカニズムを神経回路レベルで解析することで、この重要なシグナル伝達経路の新奇な分子メカニズムを解明することを目標としている。 (1)学習を制御するインスリン様ペプチドINS-1の役割と分泌制御機構の解明 線虫のインスリンINS-1の発現細胞を調べたところ、数種類の神経にのみ発現することが分かった。細胞特異的レスキュー実験により、その神経群の中でもASIと呼ばれる感覚神経での働きが重要であることがわかった。更に、G-CaMP(カルシウム指示タンパク質)を用いた解析によりASI神経は飢餓に応答して活性化する神経であることが分かった。同時にpHluorin(pH感受性GFP)を用いてINS-1の分泌を測定する実験にも取り組んでおり、セットアップが完了しつつある。今後は、「線虫の学習においてINS-1が飢餓シグナルに応答して分泌されて働く」という可能性を更に突き詰めて検証していきたい。 (2)インスリン経路の構成分子Akt-1キナーゼのターゲット分子の同定 Akt-1の変異体は線虫の学習パラダイムに著しい異常を示す。Akt-1の下流分子を同定するため、Akt-1変異体を変異原処理し、学習異常を抑圧する変異体を11ライン獲得した。1次スクリーニングで得たラインの中で学習異常が著しいラインを選択し、snip-SNPs法を用いた原因遺伝子の同定を進めている。
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