小脳プルキンエ細胞に形成される抑制性シナプスでは、プルキンエ細胞が強く脱分極するとGABA(A)受容体を介する応答が長時間にわたり増強する。本研究の目的は、この脱分極依存性増強を長期持続させる分子メカニズムを明らかにすることである。平成21年度の研究により、リン酸化酵素CaMKIIが長時間にわたり活性化するか否かが、増強の発現に重要であることが示唆された。また、その長期CaMKII活性化に必要なCa^<2+>上昇の大きさを決定する仕組みが明らかになった。そこで22年度においては、Ca^<2+>上昇の時間パターンがいかにCaMKII活性の長期化に影響を与えるかを解析した。具体的には、細胞内情報伝達系のシミュレーションモデルを用いて、様々な時間パターンのCa^<2+>上昇を入力し、CaMKII活性がいかに調節されるかをシステム的に解析した。そして、その計算結果を電気生理学実験により検証した。こうした実験とシミュレーションの相補的解析により、Ca^<2+>上昇を時間積分的に累積することによりCaMKII活性化がもたらされ、増強が起こることが分かった。しかし一方で、CaMKII活性化を惹起する2パターンのCa^<2+>上昇を連続して起こすと、その順番に依存してCaMKII活性化はむしろ抑制され、可塑性発現がキャンセルされることが明らかになった。したがって、可塑性が長時間持続するか否かは、Ca^<2+>上昇の文脈により動的に制御されることが分かった。その分子メカニズムについても解析し、Ca^<2+>依存的なcAMP分解酵素PDE1と、CaMKIIのThr305/306残基の抑制的自己リン酸化が協調して、Ca^<2+>上昇の文脈を解釈し、可塑性成否を決定することが分かった。本研究で明らかにした文脈依存的な可塑性調節は、入力の因果関係を神経系で情報処理する基盤となるかもしれない。
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