電気生理学実験によって霊長類の大脳皮質頭頂葉および前頭前野に、同時に提示された視覚刺激の個数に対して単峰的な選択的応答を示す細胞が発見され、数の認識・処理の基盤になっていると考えられている。私は、こうした選択性が、少なくとも部分的には、大脳皮質錐体神経細胞の樹状突起分枝上における局所的に協同的な可塑性、およびシナプス入力の非線形な加算によって形成されうるのではないかという可能性を考え、数理モデルによって具体化した。そして、樹状突起の本数、入力および膜の特性のばらつき、細胞への入力の強度の規格化などに関して、既存の知見や考察に照らして妥当と考えられるいくつかの条件・パラメータを用いて数値シミュレーションを行い、実験で観察された選択性が、良く説明されうることを示した。特に、大きな数に選択的な細胞ほど選択性が緩いことが実験で見出され、数の弁別能がWeberの法則に従う形で数の大きさに依存することの生物学的根拠と目されているが、この性質も、定性的にも定量的にも良く説明されうることが分かった。さらに、本モデルと、過去に提案されている神経回路の側方抑制に基づくモデルとを生理学実験によって区別する方法を考案・提案した。以上に加えて、逐次的に提示された視聴覚刺激、及び動作の回数・順序の認知・識別、また、数の短期記憶(ワーキングメモリー)についても、実験的知見を収集・整理し、数理モデル化の検討を行った。ワーキングメモリーに関しては、シナプスの短期的可塑性(短期増強)がその基盤となりうるという最新の実験的知見に基づく理論的提案を受けて、初めの段階として、抽象度の高い数理モデルを用いて、その特性を解析し、数量の短期記憶のベースとなりうるか考察を行った。
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