当該研究は学習記憶機構をより生理的に理解するために、ショウジョウバエにおいて開発された匂いと電気ショックにより連合学習を摘出脳において行い、神経細胞の興奮性を蛍光プローブによってモニタする。これにより、神経細胞の可塑的変化をより直接的に計測することが可能となる。さらに、この系を発展させ、長期記憶と呼ばれるタンパク合成を必要とする長期間(ハエにおいては1週間程度)保持される記憶形成時における神経細胞の活動性を測定する系を開発することが最終的な目標である。 本年度においては、大きく2点を達成した。1点目は、長期間ハエ摘出脳の生理的機能を測定するために、摘出したハエ脳を最低でも数日間培養する条件を検討した。その結果、ほ乳類の無血清培地を改良することで、ハエ摘出脳を1週間近く培養することが可能であることを見出した。この培養脳は神経活動を有しており、さらにシナプス結合も比較的温存されていることが示唆された。2点目は摘出した脳において、比較的短い記憶様神経可塑性が観測できるか否かを検討した。上記にある、匂いと電気ショックを模した刺激を脳の匂い中枢と、侵害受容中枢に繰り返し与えたところ、ハエの記憶中枢であるキノコ体の神経活動が一時的に増大することを見出した。さらに、慎重な条件検討の結果、この増大は数時間保持されることが明らかとなった。加えて、一般的に記憶消去実験と呼ばれる手法を模した刺激、すなわち匂い中枢のみを繰り返し刺激することにより、この増大は約30分で消失することを見出した。この時間は、ちょうど行動実験でも再現されることから、申請者が開発したこの摘出脳を用いた系は、行動実験で見られる記憶と非常に相関が高い測定系であることが示唆された。
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