脳傷害は神経機能に重篤な障害を及ぼすが、その後機能は一定の自然回復を示すことがある。この自然回復には、残存した神経回路の可塑的変化が寄与すると考えられているが、未だ実証されていない。本年度は、大脳皮質運動野の損傷後、残存した皮質脊髄路が脊髄内で新たな神経回路を形成して、障害された運動機能を自然回復させることをはじめて実証した。マウスの左側大脳皮質運動野を損傷すると、皮質脊髄路の消失に伴い右前肢の運動機能が障害されるが、その後機能は自然回復した。損傷のない右側大脳皮質から伸びる皮質脊髄路をラベルすると、通常脊髄の左側へ投射している神経軸索が、損傷後、正中を超えて右側に新たに投射することを見いだした。この軸索は、頚髄灰白質の2種類の脊髄介在ニューロンに接続していた。右側大脳皮質運動野を電気刺激すると、通常左前肢を支配するところが、右前肢の筋運動を促した。残存した皮質脊髄路を自然回復後に切断すると、運動機能は再び低下した。このことから、新たに形成された神経回路が機能の自然回復に寄与することが実証された。本成果については、2学会において発表し、現在論文投稿中である。また、新生児期において脳損傷を引き起こしたところ、上記の皮質脊髄路の新たな神経回路の形成は成体と比べ顕著に増加した。生後15日を超えて脳損傷を起こした場合には、この回路形成は低下した。この時期が、脊髄におけるミエリンの形成時期と相関していたことから、ミエリン関連蛋白が神経の可塑性を阻害している可能性が示唆された。
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