脳傷害は神経機能に重篤な障害を及ぼすが、その後機能は一定の自然回復を示すことがある。この自然回復には、残存した神経回路の可塑的・代償的変化が寄与すると考えられているが、未だ実証されていない。前年度は、マウス大脳皮質運動野の損傷後、残存した皮質脊髄路が脊髄内で代償性に新たな神経回路を形成して、障害された運動機能を自然回復させることをはじめて実証した。そこで今年度は、脳損傷後に起こるこの皮質脊髄路の代償性回路の形成メカニズムの解析を行った。その成果として、1.BDNF-TrkBシグナルを阻害すると代償性神経回路の形成は抑制される、2.新生児脳損傷後の代償性神経回路形成は、成体脳損傷後よりも顕著であり、その要因の1つとしてミエリンに関連する軸索伸長阻害因子EphrinB3が成体の神経回路形成を限局化している、3.別のミエリン関連軸索伸長阻害因子MAG、Nogo、OMgpの新規受容体であるPirBは神経回路形成の阻害に関与しない、4.大脳皮質におけるGABAシグナルの低下が神経回路形成を促す、ことを見いだした。2、3の成果はすでに論文発表済みであり、また1、4については投稿準備中である。本研究の一連の成果は、代償性神経回路の形成を促すメカニズムを広く明らかにしており、「新たな神経回路の形成を促進する」という脳損傷疾患に対する新たな治療的戦略を構築するために多大な貢献をすることが期待される。
|