近年、グリア細胞が神経細胞との相互作用を介して神経・シナプスの形態的・機能的可塑性の発現に積極的に関与することが明らかとなってきたが、どのような分子を介した神経・グリア間の相互作用が、学習記憶などの高次機能にどのように関わっているのかin vivoで調べた例はまだ少ない。当該研究ではショウジョウバエ細胞接着因子Klingon(Klg)の機能解析を中心として長期記憶形成に関わる神経・グリア相互作用の実体をin vivoで明らかにすることを目的とした。 昨年度までに私達はKlgタンパクの局在の詳細を調べるという目的で実験を進め、klgが神経とグリア両細胞で発現しており、長期記憶学習後、新たに合成されたKlgが神経・グリア相互作用を仲介することにより、長期記憶形成に寄与することを示唆するデータを得ている。また、成虫脳の初代培養細胞を用いてKlgがプレシナプス部位に局在するという知見についても得ている。 本年度はさらに長期記憶学習後のKlgの局在・量変化を組織染色法により観察し、Klgは長期記憶学習後24時間までに脳全体で増加することを示した。さらに私達はKlgを介した神経・グリア相互作用の意義について知るため、Klgの下流分子の探索を行い、Klgを介した相互作用の低下はグリアの分化成熟過程に重要な転写因子Repoの発現低下を引き起こすことを見いだした。次ぎにKlgを介した細胞接着性と長期記憶形成の関係を理解する為の手がかりとして、長期記憶学習後のRepoの量変化を調べ、Repoタンパクが長期記憶トレーニング後特異的に増加することを示した。さらにklg変異体、または神経とグリア各細胞でklgの発現を落としたノックダウン個体を用いた実験により、この長期記憶学習後のRepoタンパクの増加はKlgを介した神経・グリア相互作用依存的であることを示唆するデータを得た。またRepo変異体が長期記憶形成を特異的に障害していることも同時に示した。このことから、長期記憶学習後のKlgを介した神経・グリア相互作用は結果として、グリアの遺伝子発現を制御するという新たな学習記憶制御機構の存在が示唆された。
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