本研究は、「生活世界における身体知」を理論的に整備することを目指すものである。とくに、今日の身体性哲学の主な源流である哲学者M・メルロ=ポンティの議論に立脚して、将来の経験科学的研究の基礎となる身体知の理論モデルの創出を日指している。 こうした全体像のもと、本年度は、メルロ=ポンティの主著『知覚の現象学』(1945)および『行動の構造』(1942)を読解しながら、身体知の概念を確立する作業を行った。身体知とは、いわゆる「身体が知っている」タイプの知識を指すが、この種の知のあり方は、メルロ=ポンティ哲学においては「身体図式」の概念を中心に論じられており、当時の神経生理学の知見も参照されている。 そこで本研究では、次の3点に整理して研究を進めた。(1)メルロ=ポンティのテクストに即して身体図式論を整理し、身体知の概念を確立すること。(2)神経生理学の議論にさかのぼって、身体図式の概念を検討すること。(3)心理学・体育学・教育学など、関連諸分野での身体図式の概念の射程を探ること。 研究成果は次の通りである。上記(1)(2)については、幻肢や身体失認などの神経系の病態を手がかりに、神経生理学における身体図式の概念を整理し、それと対照しながら、メルロ=ポンティの身体図式論の内容と射程を明らかにした。またここから、身体図式が日常の身体動作においていかに機能しているのかを論じ、身体知の概念との接点を記述した。(3)については、主にスキルの学習過程に焦点を絞り、ボールジャグリングの学習を通じて身体図式がどのように変容するのか解明する作業を行った。
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