本研究は、「生活世界における身体知」を理論的に整備することを目指すものである。とくに、今日の身体性哲学の主たる源流である哲学者M・ポンティの議論に立脚して、将来の経験科学的研究の基礎となる身体知の理論モデルを創出することを目標としている。 本計画の初年度であった平成21年度は、メルロ=ポンティの主著を読解しながら、主に「身体図式」の概念にもとづいて身体知の概念を確立する作業を行った。平成22年度は、これを受けて、身体知の概念をさらに洗練させるとともに、関連する問題領域へと議論を拡張することを試みた。具体的には、次の3つの方向で研究を進めた。(1)身体知現象における心身関係を整理すること。(2)身体図式論の延長にある問題群について理解を深めること。(3)体育学・教育学・認知科学など、関連分野における身体知の意義と射程を探ること。 上記(1)については、身体知の形成過程において、古典的な心身二元論では把握しきれない局面が存在することを、デカルトとメルロ=ポンティの哲学を対比しつつ論じた。(2)については、身体図式と身体イメージの差異を、主に現象学的な観点から理論的に解明することを試みるとともに、具体的な事例としてラバーハンド錯覚について考察した。(3)については、ボールジャグリング学習過程の分析を継続的に実施した。また新たに、身体知の観点からアフォーダンスの概念を分析し、その学校空間への応用について論文で言及した。さらに、認知科学における心の理論の批判的検討に着手した。
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