20世紀初頭の日本帝国主義による朝鮮植民地支配は、未だに政治的・歴史的な問題をめぐり多くの論争がなされている。同時に、多岐にわたる研究によって植民地政策の様々な側面が明らかになりつつある。しかし、それまでの植民地朝鮮に関する研究は、植民地近代化論や植民地収奪論の関連研究や民族意識に基づく抗日運動などを強調するあまり、他の諸般の事実を見逃してしまいがちな傾向を多分に持っていた。特に、帝国日本が植民地朝鮮で行った近代的な身体・健康管理政策と身体規律化に関する研究はいまだほとんど出されていない。本研究ではi)植民地朝鮮における身体の国民化、身体規律化の歴史的性格を踏まえ、ii)朝鮮総督府の身体管理政策の特質を明らかにするために、iii)学校を中心として行われた体力章検定や体操科、学校教練、運動会、集団体操、iv)一般国民を対象として行われた厚生・健民運動や皇国臣民体操、朝鮮神宮体育大会、徴兵制などの身体政策を分析して、V)近代日本における身体管理や国民づくりのあり方と比較し、植民地朝鮮における身体規律と動員の特質を明らかにした。帝国日本がどのような政策をとったか、強化された身体の規律化が植民地民衆の身体・精神にどのような刻印を残したか、これらの問題を明らかにした上で、身体が持つ歴史性と社会性、身体の国民化、身体と植民地支配との関係を究明しようと試みた。「近代化」「文明化」そして「同化」などのイデオロギーの下で朝鮮人の生活や文化といった領域で形成された身体管理や権力関係を解明すること、日本が植民地朝鮮に持ち逆んだ「近代」は日本にとって同時代性を帯びるものであることを明確にしつつ、日本の歴史的なあり方を問い直すこと、そして日本の植民地主義に独特の色合いを帯びさせた天皇制イデオロギーの問題を再考することが本研究の大きな目標・課題であった。
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