研究概要 |
梅崎(2010)ではスポーツ指導の実践が,教える者と学ぶ者の相互のバイアス視から構成されている可能性を指摘した。選手の学びを阻害するこの現象は回避が望ましいが,競争・序列を基盤とする競技スポーツにおいて現実的な主張とはいえない。選手自身もこの状況を受け止めていることから,バイアス視そのものは歪んだ認知ではあるが,同時に心的負荷を和らげる選手の適応的な原因帰属ともとれる。これを踏まえて大人が考えるべきは,競争の結果はともかくとして,少なくとも活動の経験は選手の健全な発達を促すべく留意されることといえる。そこで本研究は,選手が直面する競争世界の実際を記述し,これを題材に指導者と保護者の役割を議論した。調査では,Jリーグ下部組織小学生年代のチーム(指導者1名,選手16名)を対象とした。調査年7月の4回の活動から指導中の指導者の発話が収集され,分析によって選手のおかれた状況が記述された。指導は,スポーツ指導のトレンドと目される〔発問〕を多用する内容であった(全740コーチング中の18.1%)。しかしながらそのうち17%は明確に答えが想定される〔発問〕(決め打ち)であり,選手は指導者の持つ'正解'を探すように育つ可能性が指摘された。さらに,選手評価に基づくグループごとにコーチング内容を分析したところ,評価の高いグループが質量ともに豊かな働きかけを受けていた。このような働きかけの差は誰より選手本人にとって自覚しやすいものである。この結果,ある選手は集中・やる気を高め,ある選手は低めるだろう。このとき,それを支える保護者の支援も個別的であることが求められる。近年,子育てにおける親役割として,錯覚と脱錯覚のバランスよい達成が重要といわれる。本調査から,親の過剰なかかわりが一般的とされるスポーツ文脈においても,この視点の敷衍が重要と考えられた。
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