トリメチルスズ(TMT)をラットに単回投与すると記憶障害が誘導され、ルチンの摂食はその記憶障害を保護した。このルチンの作用機序を海馬領域を中心に、細胞および分子レベルで検討した。その結果、海馬領域においてTMT投与によるニューロン数の減少やアポトーシス細胞数の増加をルチン摂食が保護する作用が認められた。一方、海馬歯状回におけるニューロン数の増殖についてはルチン摂食の影響は見られなかった。分子レベルの実験では、TMT投与により誘導される、マイクログリアの活性化および炎症性サイトカイン類(IL-1βとIL-6)のmRNA発現量をルチンが抑えていた。マイクログリアは脳損傷時に活性化し、炎症性サイトカイン類を分泌することから、ルチンは抗炎症作用によりニューロン傷害を保護している可能性が示唆された。また、ニューロン傷害の修復に関与する神経栄養因子(BDNF)については、ルチン摂食でややmRNA発現量が増加するものの、有意な影響は見られなかった。記憶形成において重要な役割をもつ神経伝達物質であるグルタミン酸の輸送体類(GLT-1とGLAST)およびグルタミン酸受容体類(GluR1とNR2A)についても同様にmRNA発現量を定量したが、ルチンによる影響は認められなかった。従って・.ルチンの記憶能低下保護効果は、海馬における分子レベルで機能修復によるものではなく、海馬ニューロンに対する抗炎症作用によるものである可能性が示唆された。 食品成分の生体への有用性を安全に利用するためには、作用機序を解明することが必要である。本研究では、ルチンの記憶能への影響を細胞および分子レベルで検討しており、将来サプリメントや創薬へ応用する際に必要な基礎的データとなりうる。
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