研究概要 |
本研究は、ヴィゴツキーの文化的-歴史的視座に基づき、小学校算数科における心理的道具と数学的思考の発達との関係を解明し、最終的には算数科授業における望ましい心理的道具のあり方を提案することを目的としている。なおここでは人工物である心理的道具を用いて授業をどのようにデザイン(cf.Simon(1970)やWittmann(1995)のデザイン科学)するかという視点に立っている。 「心理的道具」(Vygotsky,1993など)の例としては、数、代数記号、文字、図式、表などが挙げられる(ヴィゴツキー,1930/1987)。またヴィゴツキー・ルリア(1930/1987)によれば、心理学的な面においては記号(心理的道具)の助けを借りた自らの行動の支配が人間行動の文化的発達の本質を示している。これらを踏まえ、本研究では心理的道具の階層性を仮定し、その視点から心理的道具の機能などについて考察する。 階層性を考えるにあたり、次のような心理的道具の分類が考えられる:(1)数や文字に代表される言語、(2)図や表、(3)「紙のコップ」(吉田、2005)、わら算、(Wittmannらによる)「百シートとかけ算定規」などに代表される数学的構造具。これらの特徴としては、(1)数学的構造をもつこと、(2)(3)→(2)→(1)と進むにつれて抽象化・一般化が進む(逆に(3)が最も具体性が高い)ことなどが挙げられる。例えば沖縄で用いられていたわら算には、有限個の数表現、わら算(という心理的道具)のもつ機能に依存した思考(つまり仮説的、抽象的、条件的な思考を導く概念的思考には至らない)という特徴が見出される。 新しい状況における「構造の発見」、そして「構造の個々の要素の変化からの構造の相対的な独立性」(ヴィゴツキー・ルリア,1930/1987)という人間に特有の行動発達や、具体性から抽象性へという文脈の一般化を踏まえれば、(3)→(2)→(1)という心理的道具の使用の発達が、子どもの思考の発達にもより良い影響を及ぼすであろう。
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