本研究の目的は、コイの日本在来系統のほぼ唯一の生き残りとして非常に貴重な「琵琶湖の深層に生息するコイ(琵琶湖深層コイ)」について、その保全に資するべく、生物学的な基礎情報を得ることにある。当初の計画では、国外から導入された養殖系統との遺伝的識別方法を確立し、これに基づく判別結果に基づいて、深層コイの形態的特徴をおさえることを目標としていた。しかし、予備的に行った湖北町地先での産卵調査の際に、産卵に集まったコイを一網打尽にする漁が行われていることを知り、急遽この場所で産卵しているコイが在来系統なのか導入系統なのかを調べることとした。すぐ沖合に深層部が存在するこの場所で、産卵期間の4-7月に水草に産み付けられた卵を探索したところ、2011年には、5月の3日、13日、14日、18日、19日、6月の2日と3日、7月の15日と22日にコイ・フナ卵の採集ができた(コイとフナの卵の形状は非常に似ており、産み付けられる場所も同様)。採集した卵のうち383個について、昨年度開発したミトコンドリアDNAの種・型判別を行ったところ、222個はフナ属の卵と判定された。コイの卵と判定されたのは残りの161個で、うち122個は日本在来型の、39個はユーラシア大陸からの導入型のハプロタイプを持つと判定された。コイの卵と判定されたもののうち76%が日本在来型のハプロタイプを持っていたことから、少なくともミトコンドリアDNA調査の結果からは、今回調査を行った湖北町の地先は、日本在来型のコイにとって重要な産卵場所であると推察した。
|