本研究の目的は、コイの日本在来系統のほぼ唯一の生き残りとして非常に貴重な「琵琶湖の深層に生息するコイ(琵琶湖深層コイ)」について、その保全に資するべく、生物学的な基礎情報を得ることにある。当初の計画では、国外から導入された養殖系統との遺伝的識別法を確立し、これによる判別の結果にもとづいて魚体標本(琵琶湖の深層から得たものを含む)を比較し、日本在来コイの形態的特徴をおさえることを目標としていた。しかし、一昨年に予備的に行った湖北町地先(すぐ沖合に深層が存在する)での産卵調査の際に、産卵に集まったコイを一網打尽にする漁が行われていることを知り、急遽研究計画を立て直して、2011年には、この場所で産卵しているコイが在来系統なのか導入系統なのかを調べた。産卵期間である4月から7月の間に水草に産み付けられた卵を採集し、まずミトコンドリアDNAを対象とする型判別を行ったところ、80%近くの卵が日本在来型のハプロタイプを持っていることが判明した。続いて、交雑状況を調べるために開発した核DNAの一塩基多型(プライマーレポートとして論文発表)で個々の卵を解析したところ、日本在来型のミトコンドリアDNAを持つ卵でも、そのほとんどの核ゲノムには導入系統との交雑の影響が検出されることが分かった。この結果は、調査を行った湖北町地先は、少なくとも2011年の産卵シーズンには、在来系統の集中する産卵場所としては使用されていなかったことを示している。
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