本研究の初年度である21年度の研究実績は、以下の二つの視点から、民主主義論の展開へと接続されるデリダの政治哲学的論点を解明した点にある。 一つ目は、ヨーロッパ。ジャック・デリダの哲学的業績を広く紹介する目的で執筆された論考のなかで、ベンヤミンの『暴力批判論』を分析したデリダの『法の力』を取り上げ、民主主義の代表制にはらむ表象の機制がいかにヨーロッパの臨界点としてのファシズムの究極的な暴力へと通底していたかをデリダのベンヤミン論に即して解明した。 二つ目は、生政治。生政治は、フーコーやアガンベンらが主題化し、現代の政治哲学において非常へに影響力のある概念になっている。しかしデリダ自身はこの概念を積極的にとりあげようとはしなかった。だが、それはたんにデリダに生政治的観点が欠けていたことを意味するものではない。本研究が仮説として立てたのは、生政治に対するデリダのスタンスを知るためには、デリダの動物論がその解答になっているというものである。これはさらに、政治的情動の問いを提起するものであり、この研究を糸口にして、デリダに特有の従来とは異なった民主主義論への視座を開くことができた。 また、補足的な活動としては、晩年のデリダの代表作『ならず者たち』の翻訳作業に協力しごその過程で、デリダの民主主義論の到達点を詳しく検討することができた。本研究の前提として日本語訳(鵜飼哲・高橋哲哉訳、みすず書房、2009年11月)刊行に貢献できたことは、本研究の進展にとって少なからぬ意義があった。
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