昨年度において明確になった「ヒューム主義」の三つの系譜((1)信念/欲求モデル、(2)適合の向き、(3)実践理性の懐疑論)をそれぞれ個別に探究することが本年度の課題であった。(1)について、ヒューム研究者および心の哲学の専門家らとの議論を通じて、信念/欲求モデルの哲学的重要性について検討し、現代倫理学の「ヒューム主義」がその一角を成すに過ぎないこと等を学んだ。それとともに、(2)について、M.スミス流の「適合の向き」がサール流の「適合の向き」と実質的に異なっている背景に、その理論的妥当性をめぐる見解の相違があり、それが「ヒューム主義]の哲学的重要性を高めうるかもしれない、という見通しを得た。さらに、(3)について、内在主義/外在主義論争の百年間の系譜を具体的に追うことで、この論争に現代倫理学史上の位置づけを与えようと試みた。その過程で暫定的に明らかになったのは、この論争が、そもそも直観による「正しさ」の把握と動機づけとの関係を神や信仰を持ち出さずにいかにして説明しうるか、という課題に深く関わっており、直観主義理論における動機づけ理論の確立という側面をもつ、ということである。さらに、後のカント主義的なアプローチの隆盛により、その対抗理論としての動機づけのヒューム主義理論がいっそう鮮明になった、ということも明らかになった。これらを総合的に踏まえ、昨年度の文献的な系譜研究と合わせることで、いよいよ「ヒューム主義」という思考の枠組みがもつ哲学的含意と有効性を論じる準備が整ったことになる。本研究課題によって、分析倫理学の論争上、多くの哲学的な争点が理論装置の洗練のために切り詰められてきたということがより明示的になったと思われる。
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