本研究は、インドの伝統内部における般若経解釈方法、及び解釈内容の変遷を明らかにすることを目的としている。経典の解釈史をより正確に捉えるためには、経文自身の変化と解釈内容の変遷との関係を見定めていくことが不可欠である。そこで、本研究では、複数のインド撰述の般若経註釈文献と、註釈対象である般若経の両方を見比べながら、精読、考察を進めていくことにしている。なお、本研究では『八千頌』第二章と第三章、『二万五千類』の対応部分、及びそれらに対する諸註釈書の解釈部分を主たる考察の範囲にしている。平成21年度は、本格的な考察に入る前の準備的な研究として、まず、Mitraが校訂に用いた写本を含む複数のサンスクリット写本を用いて、『八千頌』の刊本の誤りを訂正した。次に、『八千頌』『二万五千頌』の経文と、それぞれの註釈書の対応箇所を整理した。続いて、『八千頌』の註釈書であるハリバドラ著『現観荘厳論光明』とラトナーカラシャーンティ著『最上心髄』における当該箇所の精読を行った。その結果、両書が「如来十号」を「大師性」と関連付けて解釈する手法を用いていること、及び『光明』が経典中の「独覚」という言葉を、菩薩概念と独覚概念の重複部分を利用して解釈していたことが明らかになった。このように個々の解釈内容についての考察は進んでいるが、経文の変遷と解釈内容の変化との関係については、まだ十分な考察の手掛かりをつかんでいない。この点については、平成22年度以降、『二万五千頌』及び、その註釈書を読み進める中で明らかにしていく予定である。
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