今年度は比較の視座より、近代以降の商人の国家観念に対する検討を通じで商人と国家との関係を明らかにした。 この比較は、まず日中両国の大きな歴史的背景を念頭に置き、両国の経済的近代化が異なった根本的要因を分析してみた。その中から「公私」観念にかかわり、両国の政府行為及び経営者の活動から反映された経営ナショナリズムは大きなポイントだったことが判明する。西洋からの衝撃を受け、後発国としての両国は、経済的近代化を推進するために政府の干与が必要とされ、両国の経営理念の形成は政府の行為と緊密に関わる。そこからある種の経営ナショナリズムの特徴がみられる。すなわち、両国はこれまで商人・商業を軽視する(「義を重んじ利を軽んず」)社会通念を是正し、重商主義の政策を取った結果、商の「利」は、私利とは対照的に国家の「大義」のために目指されるものとなり、国家の「公」の利と一致することになる。実業界からみれば、「商」は正式に「官」と合流し、両国においてそれぞれ新しい商人階層、すなわち「官商」と「政商」の出現が見られた。日本の「政商」が政府と密着しながら主導した日本の近代企業は、同時に政府の殖産興業政策の一環として育成され、経営者が持っていた国益意識は企業経営の多角化に寄与した。これに対して、清末中国の「官商」は、経営活動において「政商」と同じくある程度の経営ナショナリズムを見せたものの、経営者の私利(家族・宗族のための「利」)も同時に重視したことが判明する。 またその後の両国の歴史の流れからみれば、日本は統一国家の方向に邁進したのに対して、清末の中国は地方自治、ひいては分裂の傾向が強くなったことが分かる。これは両国の伝統的「公」観念に関わるものであることが推察される。日本の「公」観念は主に国家を意味するのに対して、中国の場合は国家というより、宗族意識につながる家族、地方団体の共同性を指すものである。かくして、経営倫理をはじめ、両国の商人のあるべき姿を考えるとき、両国の伝統思想の独自性はもちろん、商人と政府、ならびに地域社会との連動を視野に入れておく必要があることが分かる。
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