平成21年度の研究計画に基づき、まずは理論的仮説を構築するための基礎的作業をおこなった。歴史のアクチュアリティに関する考察を整理し、本研究の理論的フレームワークを整備する作業である。手掛かりとして参照する議論自体は直接的には写真とは無関係に論じられているため、写真に関連づける契機を見出しっなげていく作業が中心となった。また、事例研究を遂行する翌年度以降の研究に速やかに接続できるよう、計画どおりこうした理論整備の基礎作業と平行して、現地での資料調査・収集も開始した。具体的には、メトロポリタン美術館や国際写真センター(共にニューヨーク)、議会図書館など(ワシントンD.C.)で、現代アメリカ写真の分水嶺とも言われるロバート・フランクやその後の展開をリードしたウィリアム・エグルストンの仕事、さらには抽出した現代アメリカにおいて写真と切り結ばれて析出してくる歴史の事例(キューバ危機や核による死の脅威やヴェトナム戦争など)の資料を調査した。研究成果の一部は、写真において社会的な事象へ直接的に訴える形のアクチュアリティの担保ではなく、一見抽象的な造形の写真にたち現れるアクチュアリティの問題を、写真というメディアそれ自体の性質と写真のアクチュアリティの関係を考察するというかたちで、具体的な作品に落とし込んで発表することができた(論文「無限退却のリズム・パターン--レイ・K・メッカーの写真=世界」)。また、単著として発表した『現代アメリカ写真を読む--デモクラシーの眺望』に通底する、いかに写真が生きられてきたかという視角は、アクチュアリティに接続される問題として提起されている。特に本書で見出した可傷性といった概念は重要であるととらえており、本研究ではジュディス・バトラーらの議論を参照しつつ発展させ、具体的作品を通して写真のアクチュアリティの議論として案出するための基礎をつくった。
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