中世芸能のイメージとしては、能に象徴される抑制された身体のイメージが強い。しかし、能が形成される際には、猿楽・田楽などの極めて熱狂的・躍動的な身体が存在していたのであり、そうした熱狂的・躍動的な身体を抱え込み、そうした身体と拮抗しながら能の抑制的な身体もまた形成されていったのである。 こうした中で、本研究は、従来ほとんど研究が進んでいない、能成立以前の熱狂的・躍動的身体の具体例として乱拍子舞を取り上げ、その実態と能への影響について研究しようとしたものである。 筆者はこれまでの研究で乱拍子舞の芸態を明らかにしてきたが、乱拍子舞の民俗芸能における受容の実態を明らかにし(「フショ舞から見た題目立」)、その上で、能のルーツであり根本とされる翁猿楽の、具体的には翁の露払い芸である千歳の成立への乱拍子舞の影響について、千歳の詞章の変遷と、民俗芸能に残る千歳の芸態の分析から具体的に跡づけた点が大きな成果である(「乱拍子変奏―千歳の成立をめぐって」)。 また、中世の熱狂的、躍動的な身体を考える上で、白拍子・乱拍子舞の身体同様重要な風流踊りの身体についての研究にも着手し、海外で発表できたのは、予想以上の成果であった(“The Dancing Body: Furyu odori and the Power of Dance”“Death and Festivity in Popular Performing Arts")。
|