本研究はアイルランド作家サミュエル・ベケットの作品を中心に、不条理演劇を「移民文学」という視点から再評価することを目的とする。平成21年度はその資料収集やその分析に多くの時間を費やした。主に「不条理演劇」と「移民文学」の概念とその適用範囲を明確にする作業に従事した。 研究発表に関しては、日本英文学会『英文学研究』に論文を一点、また日本比較文学会で一度口頭発表した。前者は、ベケットが国家や民族という概念を唯一表明したエッセイを扱っており、その意味で本研究の基礎となるべき部分である。後者はベケットが翻訳したラジオドラマに焦点を当て、彼のこだわったアイルランド訛りの使用法と、その作品を放送したBBCとの関係を考察した。こちらはベケットの言語へのこだわりを、かつてのイギリスとアイルランドの植民地的関係にたいする批判として分析をしており、本研究の中核とも言える部分である。 また資料収集に関しては2010年2月にダブリンのトリニティ・カレッジに出張し、その図書館に所蔵されているベケットの書簡、ノートを閲覧し、筆記してきた。それらの資料は分析ののちに、22年度に執筆予定の論文の参考文献となる予定である。 最後に、科研費の助成を受けてはいないが、The International Federation for Theatre Researchで、1930年代アイルランドの性を巡る言説を背景に、ベケットの初期エッセイを分析する発表を英語でしてきたことを付け加えたい。
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