本研究はアイルランド作家サミュエル・ベケットの作品を中心に、不条理演劇を再評価することを目的とする。20世紀中葉に現われた一群の劇作家たち総称するために生まれた概念である「不条理演劇」は、これまで哲学的な理論付けがなされてきたが、本研究はこれを移民文学として見直す。 特に平成23年度は、不条理作家たちの、BBCサード・プログラムで制作・放送されたラジオドラマ作品の分析を行った。サミュエル・ベケットやディラン・トーマスの作品を中心に、当時のイギリス社会問題、特に基幹産業の国有化と福祉国家などの文脈から論じた。これに関してはInternational Federation for Theatre Researchでの発表や、高等研究所第38回月例研究会での発表、そして日本英文学会中四国支部例会での発表でその成果を披露することができた。また発表の際の質疑応答を参考にして、論文「ロンドンのアイルランド人-ベケット『なつかしの曲』/パンジェ『クランクハンドル』をめぐって」を作成し、共編著である『サミュエル・ベケット!-これからの批評一』に掲載した。またハロルド・ピンターの演劇作品に関する分析も継続した。22年度に行った2回の発表の内、ひとつのものを論文にして、雑誌『人間文化研究』に発表した。今年度の活動を総括すると1950年代から60年代にかけてのイギリス社会と不条理作家たちの関わりの分析とその成果を発表とまとめることができる。特に不条理劇作家たちの活動の場をBBCサード・プログラムが提供していたことをつきとめ、それに関する論考を発表することができたのは意義があると思われる。
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