寺社の中でも特に宝物に対する尊崇の念を高く持っている、伊勢神宮への聞き取りや調査を中心に、今年度は神社関係者からの情報収集を行った。伊勢神宮での聞き取りては、神宮に於ける「御師」と呼ばれる仲介者の存在、もた、その自宅が収蔵庫として機能していたこと、神職自体が「ナカトリモチ」(仲介者の意)として、人と神(神宝)を繋ぐ役割を果たしていたことなどを確認した。もた、明治維新時の神社の組織改編の過程で、少なからぬ混乱があり、その際に散逸した宝物があった事例も確認された。一方、神主の執念でそれを取り戻した事例もあり、関係者の宝物に対する認識によって保存と散逸が明確に分かれる結果となっていると認められた。もた、寺社ではないが同様な機能を果たした好例として、冷泉為人氏の最新著書内で指摘される「蔵番」(蔵の番人の意)の果たしてきた役割は、現在の文化財保護を考える上で大変必要な視点である。冷泉家の文化財が伝来した過程で、蔵や収蔵品が「拝む対象」であったということは示唆的である。これが不要不急の使用による消耗を避け、貴重な文化財を長く伝えるための知恵であったとすれば、長く文化財を伝えるためには、行政的な組織の骨格を作るだけではなく、その中になんらかの保存管理のための「知恵」なり「道徳」を盛り込む必要があるということを、これらの事例が意味しているとの仮定が成り立つ。博物館に置き換えていうならばそれは、収蔵品に対する尊崇の念であり、尊崇の念雄持するための学芸員の徳育といったところになろうか。博物館の果たすべき使命の中心にあるのは、普及事業でも研究活動でもなくあくまで「文化財の維持継承」であるという思いを共有することが今後の「文化財の消耗品化」を避ける上での重要な視座となってくるということを、これらの事例は物語っている。
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