本年度は、これまでの「魯迅」研究の成果をまとめた上で、小田嶽夫『魯迅伝』・竹内好『魯迅』・太宰治『惜別』をめぐるコンテクストの調査・分析を進め、次年度への足がかりを構築した。 第一に、「魯迅および『魯迅伝』・『魯迅』・『惜別』への言及(書評等)も含め、文献目録等で明らかに「魯迅」関連言説と判明しているもの、および中国関連言説を、新聞・雑誌記事の他、出版物などを調査・分析した。その成果は、小田嶽夫を軸とした文学者(他に、前史としてのプロレタリア文学、佐藤春夫、中野重治を補助線とした)による日中戦争期の「魯迅」受容史として、近く論文にまとめる予定である。第二に、今日明らかな伝記的事実と照らしながら、魯迅情報取捨選択の様相を含めた『魯迅伝』・『魯迅』・『惜別』のテキスト分析を行った。その前提として、上記3作品の先行研究を精査し、批判的に整理した。また、大東亜共同宣言に即した小説である太宰治『惜別』をモデル・ケースとして、日中戦争期に「魯迅」について書くことを含め、「時局」を勘案した評価軸の設定方法について検討を加えた。第三に、小田嶽夫・太宰治・竹内好の「魯迅」への言及、および、相互の「魯迅」作品批評言説を収集・整理し、比較検討のための基盤を準備した。第四に、日中戦争期の文学場において、中国文学・文化がどのようにまなざされていたかを考えるために、総合雑誌・文芸雑誌の調査から関連記事を調査・収集した。第五に、魯迅の死以降、日本における「魯迅」関連出版の状況を調査し、データベース化した。
|