本年度(2010年度)は、研究の離陸期と位置づけ、前年度までに構築した研究環境とこれまでの成果を踏まえた、(1)~(3)の活動を行った。 (1)前年度に引き続き、1930年代から第2次世界大戦期にかけての日本語による文学・文化言説にかかわる資料の集積と分析を行った。特に、日中戦争開戦以後の言論統制・用紙統制にかかる動向に着目、戦時体制下での雑誌編集・単行本出版が、いかなる環境・条件の下で行われていたかについて、資料に即した検討を行った。また、DVD資料として公刊された改造社資料等を活用し、出版用紙統制の主管官庁たる内閣情報局と、実務を担当した業界団体・日本出版文化協会の活動について研究をすすめ、その成果の一部を公表した。 (2)日中戦争開戦前後の<転向>と<抵抗>の様相に注目、世界的な反ファシズム運動が日本語の文脈にどのように紹介・移入されたかを検討するため、関連資料の収集と調査を行った。また、夏期休業中には韓国・ソウルへ出張し、「リベラリズム」をめぐる1930年代後半の思想的・文学的動向を踏まえて、当時の思想家や文学者・文化人たちの経験を現在の視点から再審する意図で、研究発表を行った。 (3)1930年代以後、戦時体制期を通じて活躍した文芸批評家・保田與重郎の業績に注目し、出発期の保田が、同時代の文学言説の場でヘゲモニーを獲得していく過程について検討した。また、従来は戦時体制のイデオローグとして評価されてきた保田の第二次大戦期の発言を取り上げ、<敗北>を自らの文学の主題としてきた保田が、現実の敗北が切迫する中で、自己にとっての<戦争>の位相を変化させていった様相を指摘する研究発表を行った。
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