今年度、申請者はアメリカのdime novel作者のうち、Bertha M. Clayに焦点をあてた。そしてその廉価版小説と、明治を代表する作者・ジャーナリストである、尾崎紅葉および黒岩涙香の作品との対照を総括した。その詳細をまとめた拙論は下記の「翻訳文学総合事典」(大空社)に、それぞれ項をわけ、掲載している。 尾崎紅葉は、「読売新聞」に人気小説を連載していた人気新聞小説作家であった。とりわけ、その絶大な人気の背景にdime novelの影響が色濃いと思われる。よって、発表当時から不明とされてきた「金色夜叉」の原作が、Bertha M. Clayのoreaker Than a Womanであるという、申請者自身の研究内容をもとに、その細部比較をより具体的に、文体の問題を中軸に据えて、その異同を追求した。 次いで黒岩涙香については、外国文学の翻訳小説を数多く手がけながらも、あくまでも「翻訳」ではなく「紹介」にとどめることを明言し、それを実践しようとした、彼独特の手法を研究した。多々の外国作家を愛読していたなかでもとりわけdime novelistの、Bertha M. Clayを原作として多用した彼が、なぜこの作者の作品を日本人に「紹介」することを選んだのか。Bertha M. Clayの作品構成の傾向と、涙香がそこに上書きするように恣意性を含ませていった新聞人としての涙香の意図を明らめた。 上記の研究過程により、アメリカのdime novel(三文小説)が、日本の名文家によって時代を代表する名作へと再生産された、その背景としての翻訳や翻案のプロセスを、作家個人のものから読者受容を含めた時代全体の反映であることを検証した。
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