日本近代の明治から大正時代に発表された文学作品に影響を与えた、若しくはその翻訳・翻案の原著であったアメリカの廉価版洋書について研究した。 これらは、いわゆる文豪の名作ではないがゆえに、従来その存在を認識されず、比較文学史においても看過される領域であった。また、こうした原著はその人気ゆえ版を重ねながらも、廉価ゆえの粗雑な扱いを受け、現在では日本ではほとんどが佚書であり、世界でもこれらを所蔵する大学や図書館は数少ない。だが日本近代において、とりわけ大衆に人気を博した新聞小説の白眉とされる作品は少なからず、こうした十九世紀のアメリカにて廉価多売された小説をもとに日本風に創りなおされたものである。 申請者はこうしたcheap editionsのうち、具体的には女流作家であるBertha M.Clay(本名はCharlotte M.Brame)という作家の代表作であり、末松謙澄が翻訳したことで最初に日本にもたらされた、Dora Thorneの逐語訳を試みることで、謙澄の翻訳『谷間の姫百合』における恣意的な改変箇所を明らかにし、そこから同時代読者傾向を検証した。 また同じくBerthaM Clayを好んで翻訳した黒岩涙香が、そうした作品からストーリーテリングをいかに学んで、どのように自作に活用し、独特の翻訳翻案手法を以て同時代の新聞読者にアピールしたかを、共編著「21世紀における語ることの倫理」および共著「新聞小説の魅力」にまとめて上梓した。
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