本年度は、萩原恭次郎の詩集『死刑宣告』にかかわる文献資料の調査・収集をおこなうと同時に、研究論文および口頭発表において成果を公表した。年度末にシンポジウムを開催した。 資料調査では、群馬県立土屋文明記念文学館において萩原恭次郎の自筆ノート・原稿類を閲覧した。ここには全集未収録の草稿・ノートを含め、萩原恭次郎の思考や詩の推敲過程をうかがうに十分な一次資料が保存されていることが判明した。ただし本格的な調査のためには、同館と協力して別途手立てを講じる必要があると認められる。 研究成果の第一は、1920年代の前衛芸術運動やアナキズムの動向をふまえながら、特にプロレタリア詩人中野重治との関係性を具体的にあきらかにしたことである。従来両者は思想的に対立関係にあるとみられていたが、長年にわたっての影響関係があきらかになり、特に中野の初期の詩論からは『死刑宣告』にたいする強い関心をあとづけることが可能である。 研究成果の2つ目は、日本の活字活版印刷の歴史のなかで、『死刑宣告』のタイポグラフィを検証したことである。とくに、視覚メディアが現在ほど発達せず、もっぱら印刷物をとおして情報伝達がおこなわれていた明治から大正期にかけての伏せ字の歴史に注目し、そのメタ・クリティークとして『死刑宣告』が成立している点をあきらかにした。 2010年3月1日~2日には、シンポジウム「プロレタリア芸術とアヴァンギャルド」を立命館大学で開催した。本シンポジウムには、木股知史、滝沢恭司、波潟剛、野本聡、足立元、佐藤洋、牧野守、アンドレ・ヘイグ、楠井清文、雨宮幸明、村田裕和が参加した。上記2点目の研究はここでの口頭発表である。シンポジウムの開催によって研究フィールドの境界を越えてのネットワークを構築することができた。また、プロレタリア芸術研究というほとんど未開拓のテーマの広がりを見定めることができた。
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