研究概要 |
今年度も引き続き基礎研究に重点を置いた。具体的には、前年度に第48回シェイクスピア学会で発表した成果を論文にまとめるため、発表時に得られたフィードバックをもとに更に調査を進めた。 Thomas SoutherneによるOroonoko改作を、上演時の劇場の歴史的コンテクストにおいて精査し、劇場の内部にこそ女優が<黒塗り>を避ける力学が生まれ、再生産されたことを研究発表では論じた。その際に依拠した18世紀初期の演劇の上演理論では、内面の感情を演技によって外部に開いて見せることが根本にあるが、この考え方は18世紀を通じて一般的だったのか。あるいは、SoutherneのOroonokoが人種差別主義を孕み、劇場がそうしたイデオロギーを再生産していたとすれば、18世紀中頃に奴隷廃止運動が勃興し、そのプロパガンダのためにOroonokoが使われたのはなぜか、といった新たな課題が見つかった。前者については、例えばAaron Hill, 'Essay on the Art of Acting' (1746)やJohn Hill, The Actor (1755)などの上演理論においても、推奨する演技の質的な変化は認められるが、内面の情念を外部に開くために演技をするという理念は通底することを確認した。後者については、奴隷廃止運動が、人種差別への反対というよりも寧ろ、より包括的な「人道的観点」から立ち上がったことを確認し、憐れみpityや義憤brave resentmentなど「普遍的」な情念の視覚化を狙ったOroonokoという戯曲との主題的な連関性を引き続き調査中である。 最終的な研究の成果は、23年度中に論文に発表する予定である。
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