本研究の目的は、王政復古以降の長い一八世紀(1660年~1800年)の英国の舞台において、なぜ女優だけが人種的差異を示す〈黒塗り〉をしなかったのかを、多角的見地から検討することである。平成23年度は本研究の最終年度にあたり、研究実施計画に基づき研究成果を論文にまとめ、、Visible Passionandan Invisible Woman : Theatrical Oroonokoという題で『人間科学研究』誌に投稿した。AphraBehnによる散文作品Oroonoko(1688)をThomas Southerneが演劇に翻案する際に、オリジナルでは黒人のヒロインImoindaが白人へと変えられたことに関して、その背後にある力学を、おもにこの芝居の演劇性theatricalityを分析することで明らかにした。SoutherneのOroonokoにおいては、俳優の内面の感情を演技によって外部に可視化することを目指すという当時の演技理論に基づく作劇法が見られ、特に最終場面のImoindaとOroonokoに顕著である。歴史資料から、この芝居を観劇した観客は大いに涙を流したことが知られているが、問題は、黒人同士の悲劇的な死別ではなく、黒人Oroonokoと、白人Imoindaの悲恋へと演劇版では書きかえられている点である。歴史資料・劇の前口上などから、劇団側が観客の好みを劇作に反映させていたこと、また観客は時に芝居の筋などよりも、贔贋の俳優を鑑賞するために劇場へ足を運んだこともよく知られており、異人種間結婚への書き換えは、いわば劇団・観客双方の利益を反映したものと言える。利益追求のために黒人女性を不可視化する力学がこの劇の背後には作用していることを明らかにした。本研究成果は英文学研究のみならず黒人表象の文化史研究の発展にも寄与するものである。
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