本年度は、昨年度から準備を進めてきた論文の執筆を中心に活動した。第一次大戦で塹壕戦を体験した英国陸軍兵士最後の存在であり、'the Last Tommy'として有名なHarry Patch(1898-2009)の自伝The Last Fighting Tommy(2007)を、第一次大戦の記憶の系譜の中に置いて考察することで、'the Last Tommy'の歴史的・現代的象徴性と、その象徴性を通して見えてくるはずの現代イギリスにおける大戦の記憶の諸相を明らかにすることが、この論文の目的である。 9月にイギリス(主にImperial war Museum)とベルギー(主にIn Flanders Filds museum)で現地調査を行った。この調査活動により、大戦の記憶に関する豊富な一次資料と写真資料を入手することができた。 現地調査で入手した資料も活用しながら、上述の論文を完成させ、学会誌に投稿した(現在査読中)。この論文は、(第一次大戦神話)の系譜に関する本研究の総括的成果としとて位置づけられる。 さらに、上述の論文と連動するかたちで、'The Last Tommy'に象徴される(第一次大戦世代)不在の時代に移行した現代イギリスにおける大戦の記憶の諸相を明らかにすることを目的とする別の論文の執筆を開始した。この論文は、本研究課題の成果の一部であると同時に、次の科学研究補助金(若手研究(B))の研究課題「第一次世界大戦勃発110周年のために:現代イギリスにおける大戦の記憶の行方」の基盤的存在となる。この論文での考察を踏まえて、今後も第一次大戦の記憶についての研究を継続・発展させていく予定である。
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