平成22年度のニューイングランドの地方主義作家によるヴァンパイア表象研究においては、当初、「ヴァンパイアの害として誤解される病」の研究をする予定であったが、ヴァンパイア研究から逸脱した方向へ発展することが初期段階において予測できたため、ニューイングランドに限らず、現在、アメリカを席巻しているヴァンパイア表象を中心に研究を行うことにした。ニューイングランドの女性作家によるヴァンパイア表象においては、ヴァンパイアとされたものが家父長制のなかで女性に期待される像が内包する恐怖を描き、物語のなかでヴァンパイアに対する女性による告発がその女性像に対する反抗であることを分析した。このようにヴァンパイア表象に時代のジェンダーとセクシュアリティに対する概念を見ることがこの研究の主眼であり、それは今年度の研究においても持続された。今年度対象としたポピュラー・ロマンスにおいては、ヴァンパイアが女性にとって理想のヒーローであり、恋人として描かれており、映画をも含めて若年層に熱狂的な人気を博した『トワイライト』サーガとテレビ番組化された『トゥルー・ブラッド』(The Southern Vampire Mysteries)では、少女たちが目の前に現れるヴァンパイアたちとの初恋を経験し、成長の過程がヴァンパイアとの恋愛を通じて描かれる。恐怖を呼び起こすヴァンパイアの特徴-吸血行為-は、文明化されたヴァンパイア・ヒーローたちの自己規制によって抑制され、ヒロインたちは安心してヴァンパイアとの恋愛の成就へと進む。彼女たちが持つ他者の心理的侵入を阻む超自然的な能力は、男性に対する危機感の低下を示すものであり、同時にこれらのロマンスが富裕なヒーローと貧しいヒロインという古典的な構図のなかで描かれることを考え合わせると、ジェンダーの力構造の不均衡を受け入れたまま、それに対する危機感のみを失っているという問題のある状況を示していることがわかる。
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