本年度は研究計画の二年目に当たるが、作家に焦点を当てた研究としては詩人チャールズ・オルソン(Charles Olson)の初期作品に見られる破壊の対象としてのアジア太平洋の形象について研究を行い、その成果をアメリカ比較文学会そしてチャールズ・オルソン生誕100周年記念学会という二つの海外の学会にて発表した。オルソンに関してはアジア太平洋に関する関心の深さがうかがえる記述が散見されるにも関わらず、その研究はいまだ初期段階にある。本年度の研究はオルソンを戦後アジア太平洋の地政学的文脈とホワイトヘッドやハイデガーなどの詩人に影響を与えた思想家達の思想史的文脈の双方から再検討するものである。 さらに本研究は20世紀後期のアジア太平洋地域の社会的基盤を再構成することとなった新自由主義への批判や抵抗の契機を同時代のアメリカ文学・映像作品に探求している。そのための準備作業として新自由主義をテーマとする論考の刊行および口頭発表を行った。これらの多くはジャック・デリダが『マルクスの亡霊たち』にて展開した、「憑在論」(hauntology)とも呼ばれる視点に多くを負っており、「亡霊的」なものの現在における顕現を介した記憶の再来と現在の批判の接点を探求するものである。 また「アメリカ文学」そのものがトランスナショナルな学知の枠組みにおいて、国民国家の枠を批判的に検討する読解へと開かれる中、本研究ではアメリカと東アジアが共有する歴史的経験を、沖縄や広島を主題化する詩人や映画作家の作品にも探り、それらを単に国民国家的な「比較文学」の枠組みに依拠しないかたちで、いわゆる「アメリカ合衆国」にて活動した作家たちの作品と分節的に関連付けることを試みた。これはレイ・チョウやガヤトリ・スピヴァックによる「比較文学」というディシプリンを地域研究や国民国家の枠外にて思考する作業と呼応するものである。
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