本研究は、ヘミングウェイの死後出版作品のオリジナル原稿を、遺族や出版社によって編纂・出版されたテキストと比較することにより、彼らの編纂方法とその問題点を明らかにすることに主眼を置いている。平成24年度は、出産・育児による中断前に従事していた “Jimmy Breen” の原稿分析と考察を進める一方、ヘミングウェイが1956年に執筆した第二次世界大戦関連の短編五作品の研究にも従事した。 ヘミングウェイは知人に宛てた手紙の中で、上記の作品を「非正規軍や戦闘、殺戮者たちを扱っているので、少しショッキングだと思う」と表現した。しかしJFK図書館に所蔵されている五編のオリジナル原稿を精査した結果、殺戮の場面を描いた「ショッキング」な物語はむしろすでに出版されている “The Cross Roads” だけで、それ以外の未出版作品には直接的な戦闘シーンや殺戮場面が一切ないことが判明した。 では彼がこれらの短編を執筆した意図は何だったのであろうか。書く訓練のため、あるいは第二次大戦にひとつの区切りをつけたいという思いがあったのかもしれない。しかし第二次大戦の短編群をひとつの物語と見なし、『海流の中の島々』の後、つまり1950年代に執筆された他の死後出版作品との関連の中で捉えなおすと、単なる習作と片付けられない側面が浮かび上がってくる。つまり、ヘミングウェイが第一次世界大戦後に執筆した短編集『われらの時代に』(1925)への回帰願望である。こうした1920年代に対する郷愁の思いは、他の死後出版作品にも見られる特徴のひとつである。 当研究の成果は、2013年度日本アメリカ文学会の全国大会で発表する予定である。
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