本研究は、戦間期という新しい概念が注目を集め、1920年代及び30年代のテクスト研究を活性化させると同時に、2000年代の英国文学を代表するテクストが揃って戦間期をテーマとするという顕著な現象が発生している状況において、現代英国文学における戦間期表象の意義を考察することを目的としている。平成21年度に実施した研究の中心は、2001年に出版されたイアン・マキューアンの長編小説『贖罪』が、歴史を恣意的に再構築したフィクションであることを常に前景化している傾向について検証し、その効果と意義を論考する論文を執筆することにある。小説家を主人公に据えた本作では、テクストにおける「歴史の書き換え」が不可避であることが様々な形で強調されるが、そこから発生する倫理的葛藤が如何に提示されているかを見極めることが本論の狙いである。更に『贖罪』が、戦間期に一大ブームを迎えた推理小説ジャンルを効果的にパロディ化していることから、当該ジャンルについての研究も並行して遂行した。その成果として戦間期を代表する推理小説作家ドロシー・L・セイヤーズと、所謂ハイ・モダニズムの象徴とも言えるヴァージニア・ウルフとの関連性を考察した論文「炎上する女子コレッジと「パラダイス」の探求」を発表した。ウルフは、『贖罪』において若き日の主人公が傾倒する作家として繰り返し言及されており、彼女の多面性を捉えることは『贖罪』研究を発展させる上で、極めて有意義であったと考えられる。こうした成果を踏まえ現在完成段階に近づいている論文を22年度には発表し、ますます活況を呈する現代文学における戦間期表象に関する包括的な議論に貢献することを目指していく。
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