本年度は、計画どおりモンテスキューの『ペルシア人の手紙』を取りあげ、この作品の複数のエディションを網羅的に検討し、部分的な翻訳も実践しながら作品の精読を試みた。具体的には、複数の文通者によるフィクションの書簡集という文学的形式を介して、哲学、政治、経済、道徳に関する多方向的な思考を表現するこの作品独自の方法論を詳細に分析し、それを通じて、思想内容とその表現形式の間に、それ以前のいかなる思想的・文学的系譜にもなかった新たな関係を構築しようとするモンテスキューの思考実験が見出されることを明らかにした。さらに、このような文学的形式を介して思想を語るモンテスキューめ方法論め根底に、「もはや新たに語るべき独創的な思想内容など存在するのか?」という原理的な問題意識が流れていることを跡づけながら、『法の精神』に関する思想史的アプローチにばかり傾きがちなモンテスキュー研究の動向に対して、「思想史と文学史の総合」という新たな研究方法の可能性を示すことができた。また、以上の研究の進展を踏まえながら出版した著書『ディドロ限界の思考』(博士論文に加筆・修正を施したもの)においては、「人間の理性の限界」という思想的問題を、複雑な文学的仕掛けを駆使しながら表現するディドロの小説作品群の方法について、様々な視点から検討を施した。これは、日本で初めてディドロのフィクション作品群の特徴を俯瞰することに成功した研究成果であり、筆者の目指す「思想史と文字史の総合」に向けた重要な第一歩と位置づけることができるものである。以上の点で、いまだに積み残した課題(モンテスキューにおける「神」の位置づけの問題など)は多いものの、本年度は着実な成果をあげることができたと言える。
|