研究概要 |
18世紀フランスの啓蒙思想家であるジャン=ジャック・ルソーは、西欧において初めて自伝作品を書いたと言われている。それが『告白』である。ただ、『告白』を執筆する以前にも、ルソーは、自分の人生を構成する一つ一つのエピソードを論理的著作においても語っている。申請者は、これらのエピソードを「自伝素」(autobiographeme)と命名した。例えば、『山からの手紙』という作品は、自伝作品ではなくて論争の書である。しかし、そこでは、ルソーがヴェネチア滞在中に占い師に出会ったときのエピソードが語られている。このエピソードは、後の自伝作品『告白』を構成する一つの自伝素である。申請者の2009年度の目標は、ルソーの非自伝的諸作品の中に断片的に配置されたこれらの自伝素を網羅的に嫡出することであった。この嫡出作業によって、ヨーロッパで最初の自伝作品である『告白』が生まれたのは宿敵ヴォルテールによる中傷を反駁するためであるという通説を覆すことができるのではないか。具体的には以下のルソー作品を一次資料とした。 -『学問芸術論』およびその論争過程において書かれた反駁文 -『ダランベールへの手紙』(Lettre a d'Alembert sur les spectacles,1757) -『エミール』(Emile,1760) -『ボーモンへの手紙』(Lettre a Christophe de Beaumont,1762) -『山からの手紙』(Letrres ecrites de la montagne,1764) 上記の作品のなかでも、『山からの手紙』にはとりわけ注目している。そこでは、ルソーの人柄や生き方が、論争の内容(ジュネーヴ共和国の主権)と同じぐらいに問題にされているからである。ジュネーヴ共和国の政治論争に介入したルソーが、どのように「自伝素」を活用したのかをできるだけ早く論文にまとめたい。
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