平成21年度は、まず、プルーストの『見出された時』と同時代の「復員文学」に分類される作品群を比較するための準備作業に取り組んだ。コクトーやジロドゥーなど比較対象となる作家に関する先行研究の批判的な検討と並行して、夏に2週間パリに出張し、フランス国立図書館にて一次資料を収集分析した。おもに、ジロドゥーが戦中戦後に発表した著作『亡霊のための読み物』、『アミカ・アメリカ』、『すばらしきクリオ』の読解を行いながら、モーリス・リューノーの研究を再検討した結果、「復員文学」という問題設定の中心においては、「戦争に直面した作家が、どのような修辞的な手段を用いて、文化的な動員から逸脱しうるような自己像を構築しているのか」という問題を考察する必要があることが確認された。ジロドゥーの場合は、前線における詩人の死という主題を扱うなかで、抒情性とユーモアの交錯した間接的な自己像を提示し、戦死者との同一化と差異化を図っていることが明らかになった。他方、東京日仏会館で開催された国際シンポジウム「プルーストとその時代、小説生成の文化的コンテクスト」における口頭発表では、戦争という暴力に対峙した芸術家たち(あるいは芸術家的な感性の持ち主)の反応を示すものとして、前線からの書簡というジャンルに着目した。戦時中の雑誌の調査により、プルーストの小説に登場する青年将校サン=ルーの手紙のモデルの一つとして、『パリ評論』に発表された匿名の画家の手紙を発見し、提示することができた。また、ポリープ(ポリュビオス)という筆名で軍事評論を書いていたジョゼフ・レナックの一連の著作の検討により、プルーストが戦時中の動員ジャーナリズムの紋切型として揶揄している複数の表現の源泉を特定できたのも有意義な成果である。平成22年度は、こうした調査を継続しつつ、プルーストとコクトーの関係を重点的に論じることにしたい。
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