前年度に引き続き、福永武彦とその同時代文学者のネットワークの調査と資料収集・データ分析を行った。昨年度に長野で行った地縁や蔵書の調査により、権利関係等の諸事情から、福永の蔵書や山荘等の遺品への学術的立場からの接触には限界があることが分かった。そこで、本研究の計画の一部を変更、(1)1930~40年代の福永とその学友の学術環境の基盤となった東京大学仏文科の成立背景の調査(2)東京大学以外の近隣の文学者との交流の調査等から、ネットワークの背景固めを進めた。まず、(1)(2)の目的を一括するものとして、長崎における長期調査を行った。長崎歴史文化博物館、遠藤周作文学館、長崎純心大学等にて資料の閲覧・複写、機関の関係者との面談を行い、今後の調査基盤を確立した。一方都内でも『三田文学』に関する情報収集や聴講、関係者との面談、学友の中村真一郎夫人の佐岐えりぬ氏との面談を行い、学友の見取り図の拡充に努めた。なお、本研究の計画変更と前後して、福永の実子の池澤夏樹氏が父親の所蔵品収集に積極的に介入する意思を公表した。その直後の2011年1月に、共同研究者とともに池澤氏との面談を行ったので、今後、所蔵品についての情報を得る目途も立った。 具体的な研究成果としては、2010年8月19日に韓国ソウルにて開催された国際比較文学会会議(ICLA)にての口頭発表"The Loss of a Symbol : Dialogue in Takehiko Fukunaga's Death Island and Modernism"がある。『死の島』におけるカタカナの使用をめぐるモダニズムの受容とその時代的な背景に関する考察であり、2009年度の広島や長野での調査を反映している。なお、本年度の調査の成果発表は、講演会での公表、論集への執筆、共著への執筆等が決定しているが、いずれも2011年度に公開予定である。
|