平成21年度の成果は主に次の二点にまとめ得る。 1.早期漢訳仏典の漢語史資料としての価値の検討 論文「也談早期漢譯佛典語言在上中古間語法史上的債値」(『漢語史学報』第八輯)において、動作の完了・実現を表わす「已」などのアスペクト助詞、および人称代名詞の複数接尾辞「曹」「等」、疑問代名詞目的語の語順という三点から、早期漢訳仏典言語と非漢訳仏典文献言語との比較分析を行い、両種の文献言語における状況が異なること、そして早期漢訳仏典に反映された状況は、「已」や「曹」「等」の生起条件については原典言語の影響が考えられるが、疑問代詞目的語の語順については原則として当時の口語を反映してものとみなし得ることを指摘した。なお、同内容は口頭発表では報告済みであるが、論文としては平成21年度に正式発表となったものである。 2.早期漢訳仏典を資料とした疑問代名詞目的語語順変化メカニズム解明の試み 著書『古漢語疑問賓語詞序變化機制研究』(好文出版)において、疑問代名詞目的語の語順変化メカニズムの解明を試みた。従来有力とされてきた馮勝利氏による韻律文法の観点に基づく仮設について、理論的問題・言語事実との整合性の問題を指摘し、各疑問代名詞目的語の語順変化の過程を記述し、そのメカニズムを推定した。すなわち、禅母系疑問代名詞目的語「誰」は、「孰」「誰」の交替による格表示体系の崩壊により「誰+Vt」の統語的曖昧性が増大したため語順変化を生じ、中古に増加した「何+N」型疑問代名詞目的語は統語的に名詞に近いために、名詞目的語への類推が生じて語順変化を生じた、といった各疑問代名詞目的語の語順状況を合理的に解釈し得る仮説を提出することを試みた。そしてこれらの変化が上古と中古との間に生じたのは、これらが(1)複音節語の急増、(2)機能語体系の崩壊という上中古間に生じた二つの重要な文法変化と直接的或いは間接的に関わっているからであることを指摘した。
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