平成21年度は、語用論の理論的研究を進めるとともに、語用論発、統語論着という方向の言語研究のモデルを具体化することを目的とし、短絡的表現の事例研究を進めた。まず、短絡的表現には、名詞句や動詞句といった文の構成素が単位になって欠落したものだけではなく、限定詞など名詞句内の構成要素の一部が欠落したものもあることが明らかになり、そのような欠落的名詞句を主語や目的語の一部に組み入れた文の文法的特徴を研究した。このような文は日英語で違った形式で生じ、その言語間の差異を理論的に考察した。次に、短絡的表現により命題的な内容が伝えられる事実の背景には、対話の原則に基づく話し手と聞き手の了解があることを示すデータが得られた。会話分析の研究方法を統語論の議論に組み入れ、短絡的な表現に込める情報量を濃くする方法を考察した。具体的には、対話に特徴的な直示の中心(deictic center)の転移に着目し、この語用論的操作を、聞き手自身に先んじて聞き手に次の話し手の役割を付与する話し手からの働きかけであるとする議論をまとめ、口頭発表した。これらの知見を発展させ、語用論と統語論の接点をさらに具体化するため、統語論での原則とパラメータによる分析方法を参考にし、通言語的に妥当な語用論的原則と各言語で違うパラメータを設定するという研究計画を立てた。これは、英語と日本語を例に取り、同じ語用論的原則がパラメータ設定により言語間で異なる方向で適用(尊重)されることを示すもので、成果発表に向けて準備を進めた。また、短絡的な名詞表現の分析が他の品詞の短絡的表現の分析に応用できることを示すデータが得られた。
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