研究課題
今年度は日本語の自称語を主に研究し、特に話し手1人を直示の中心(deictic center)とする標準的な定義に代案を与えることを試みた。Kaplan流の直示語の定義では、1人称単数は英語の"I"のように話し手1人を中心とする直示語とされるが、日本語の「私」は、話し手と聞き手の対話空間を中心とする点で"I"よりも複数の"we"に共通している。Schlenkerのmonster operatorは、1人称単数が話し手以外の人を指す効果をもたらすが、これは語用論的には、実際の話し手が参加する巨視的コミニニケーションではなく、文内で再現される微視的コミュニケーションでの話し手、つまり情報源(message source)を直示の中心とする文脈設定のことである。この文脈設定は1人称小説のような文学の手法では、どの言語でも可能だが、日本語では自称語が不完全な構造を持ち、この文脈設定に解釈が左右される。ここから英語の"I"と日本語の「私」では、次のような共通点と相違点が生じる。(1)話し手1人の発言で情報源を表す場合は、「私」は"I"と同じ使い方になる。(2)2人以上が関わる対話で、話し手が聞き手にまわるrole shiftを起こし、自分以外の情報源を導く文脈では、日本語の「私」は話題上の情報源を優先的に表し、聞き手にまわった話し手自身は指さない。(3)話し手は対話で面する聞き手だけでなく、対話の場にいない人も聞き手の範囲に入れることができ、それに応じ「私」の指示の範囲を広げることができる。このような「私」の拡張的用法は、特に広告のキャッチコピーや記事のタイトルによく使われており、読者に疑似体験を与える効果がある。この用法の容認度は言語表現の内容に左右され、拡張的な1人称は、旅や食事など、読者が自分で実践できる内容の記事のタイトルでは使われるが、占いなど読者が自分では実践できない内容の記事のタイトルでは使われない。これを基に、言語学とメディア、心理学、消費経済の接点を明らかにし、語用論発、統語論着の方向の文法研究を実践していきたい。
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BLS 37, Berkeley Linguistics Society
巻: 37 ページ: To appear,計13枚
English Linguistics
巻: 28(1) ページ: 23-55