私たち大人が子どもに向かって話しかける際、声のピッチが上がり、ゆっくり話す(韻律の変化)。また、「あんよ」「ねんね」など、幼児向けのことば『育児語』を多用する(語彙の変化)。これらを総称して「マザリーズ」と呼ぶが、子どもの言語発達に合わせて親もマザリーズを変化させることが知られている。前言語期の乳児に対しては、主に韻律の変化が顕著である。子どもが二語文期に入ると、マザリーズの韻律が低下するが、育児語は依然使われる。そして子どもが小学校に入る頃には、親はマザリーズの使用を止め、成人向け発話と変わらなくなる。このように、子どもの言語能力に合わせたコミュニケーションを即座に実現する「モード切替スイッチ」は脳内のどこにあるのだろうか?私たちは意識せずにマザリーズを使うため、無意識の動作に関係するとされる皮質下構造に着目した。 被験者は以下の4群である。(1)親経験のない女性15名、(2)喃語期乳児の母親20名、(3)二語文期幼児の母親16名、(4)小学一年生児童の母親18名である。音声刺激は、韻律と語彙に関してそれぞれマザリーズと成人向け発話を用意し、2×2の要因配置をなす4種類の音声を被験者に提示した。得られたデータを解析し、母親の経験に応じてダイナミックに変化する脳部位の同定を試みた。すなわち、次の4条件を満たす脳部位を明らかにした。(1)親経験のない女性では、韻律と語彙に関して主効果および交互作用なし。(2)喃語期乳児の母親では韻律のマザリーズにのみ主効果があり、交互作用はなし。(3)二語文期幼児の母親では交互作用効果あり。(4)小学一年生児童の母親では、主効果および交互作用なし。同定された脳部位は、右側の尾状核であった。左の尾状核はバイリンガルの人たちが一方の言語から他方へスイッチする際に活動する部位であることが知られている。今回、経験に応じたマザリーズのスイッチが右・尾状核に見つかったことで無意識の調節メカニズムを明らかにした。
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