今年度は、キリシタン版前期活字本を対象として仮名用字法の実態を解明し、論文として投稿し採用された。その成果は、1. 両文献の仮名用字法が類似していること、2. 仮名用字法の偏りが語種によって異なり、漢語>和語>原語の順で強く現れること、3. 仮名用字法の偏りが先行する「どちりいなきりしたん」よりも後続の「ばうちずもの授けやう」により強く現れること、4. 助詞に特別な配慮はせず非語頭に準じて扱われること、5. 仮名「は」の仮名遣と仮名用字法はよく整理されていること、などである。これによって、従来は十分に明らかでなかったキリシタン版前期活字本の仮名用字法の特徴を計量的な調査結果をもとに説明できたと考えている。 この結果は予想の範囲内にあると言えるが、語境界表示を明確にする仮名用字法として一定の傾向を持ちながら、それに反する例がとくに原語に多いことの理由を十分に明らかにできなかった。この点については、変体仮名相互のつながりやすさに違いがあり、その連続性の重視が、一方で語境界表示を明確にする仮名用字法と衝突し、語境界表示の曖昧さにつながったのではないかと予想している。たとえば、原語「おらしよ」「きりしたん」「きりしと」「ぽんしよぴらと」の仮名「し」では、仮名用字法の通則に反して、本来であれば語頭専用である変体仮名[志]が語中であるにもかかわらず多用されるが、それぞれ、「しよ」「りし」の仮名の連続性が、仮名字体の選択に影響したと考えられるからである。また、和語や漢語では現れにくい文字の連続が原語にみられ、そうした馴染みのなさが、仮名用字法の不安定さにつながったとも予想される。 平成22年度は、この論文によって得た知見をもとに問題点を検討したうえで、キリシタン版後期活字本の中心を占める「ぎやどぺかどる」を対象に仮名用字法を検討したい。
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